こんばんわ。わらびです。
カンボジアといえば、多くの人が真っ先に思い浮かべるのはアンコール・ワットでしょう。
しかし、その約200年前。クメール建築の礎となる都が、この国の中央部に存在していました。
今回ご紹介するのは、世界遺産「サンボー・プレイ・クック遺跡群」。
知名度ではアンコール・ワットに遠く及びませんが、クメール文明がどのように始まり、どのように発展していったのかを感じられる場所でもあります。
この記事は2026年6月時点での情報を基に作成されています。
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もくじ
クメール様式の原点「サンボー・プレイ・クック」

「サンボー・プレイ・クック遺跡群」は、カンボジア中部のコンポントム州に位置する古代都市遺跡。
6~7世紀に栄えた「真臘(しんろう)」王国の都「イシャナプラ」の跡地と考えられ、アンコール王朝が誕生する約200年前に築かれました。
広大な森林の中には200以上のレンガ造りの寺院が点在しており、現在も発掘、修復作業が続けられています。遺跡は北群(グループN)・中央群(グループC)・南群(グループS)の3つのエリアに分かれ、それぞれ異なる特徴を持っています。
建築様式は初期クメール建築の代表例とされており、精巧なレンガ積みや砂岩の装飾、美しいレリーフなどから当時の高度な建築技術を伺うことができます。
また、木々の根が寺院を包み込む幻想的な光景も魅力の一つで、アンコール・ワットとは一味違った神秘的な雰囲気を楽しめます。
後のアンコール・ワットへと引き継がれていく、カンボジア独自の芸術様式が生まれた原点の場所ということもあり、時間に余裕があれば、アンコール・ワットと合わせて観光したいところですな。
「サンボー・プレイ・クックの寺院地区:古代イシャナプラの考古遺跡」として世界遺産に登録。
入場料
サンボー・プレイ・クックの入場料は10USD=40,000KHRとなっています。
アクセス
サンボー・プレイ・クックは、結構アクセスが悪いということもあり訪れる人はそう多くありません。
観光する場合は、シェムリ・アップからのツアーか、最寄りの街であるコンポン・トムでトゥクトゥクをチャーター、もしくはバイクをレンタルするというのが一般的。
サンボー・プレイ・クックのみどころ
遺跡は3つのグループに分かれ、それぞれ中央にある祠堂の名前を取り、「プラサット・サンボー(グループN)」、「プラサット・タオ(グループC)」、「プラサット・イェイ・アポン(グループS)」と呼ばれています。
グループN「プラサット・サンボー」

グループNは中央祠堂「プラサット・サンボー」を中心としたサンボー・プレイ・クック最大の遺跡エリアです。
7世紀前半、真臘王国の王イーシャーナヴァルマン1世によって建立されたと考えられ、遺跡群の中でも最も重要な宗教施設と考えられます。
境内にはレンガ造りの祠堂が点在し、砂岩で造られた門柱やまぐさ石には精巧な彫刻が残されています。アンコール時代ほど華美ではないものの、素朴ながら力強い装飾はプレ・アンコール期ならではの魅力。


ここでの見どころといえば、サンボー・プレイ・クックを語る上で欠かせない八角形の祠堂とフライングパレスと呼ばれる空中庭園の浮彫。どちらもクメール建築の中では、この遺跡でしか見られない特徴となっています。
これが最もくっきり残されているのが、グループNの遺跡群になっています。

空中庭園をグリフォンと思しき生物が支えています。
グリフォンといえば古代オリエントの神話上の生物。でもなぜ、ギリシャから遠く離れたカンボジアにグリフォンが?
となるかもしれませんが、そうなんです。カンボジアには本物のグリフォンが生息していたのです。
…というのは嘘で、これは単純にインドを経由しカンボジアに伝わってきたもの。
例えば、古代マケドニア(現ギリシャ北部)の王アレクサンドロスは、その偉業が伝えられ中東での呼び名イスカンダルが転訛し、インドではスカンダという神様になりました。
カンボジアには古くから、インドより米の品種や農業法、農具などがもたらされているので、それと一緒に西方の宗教観が伝わっていたのでしょう。

祠堂の内側。 中から見ると八角形になっているのがよく分かる。
レンガを積み上げただけで千年以上も形を保たせる。当時の高い建築技術を伺わせます。

見事なバランスを保つ遺跡。
サンボー・プレイ・クックはレンガ造りかつ、作られた年代も早いのでやはり全体的に損傷が目立ちます。

遺跡群の中でも特に印象的なのがこの「プラサット・チュレイ」。
樹齢200年の木が絡みつき、まるで祠堂を侵食し一体化しているかのような姿をしています。
雑草だってアスファルトにひび割れを起こすくらいなんですから、こんな巨大な植物にかかれば遺跡なんてひとたまりもありません。

グループC「プラサット・タオ」
ここは他のグループとは異なり、遺跡のほとんどが倒壊し、現在は中央の祠堂が残されているだけとなっています。

「タオ」はクメール語でライオンを意味し、中央祠堂の前に置かれた石造ライオン像が名前の由来となっています。3つのグループの中では最も新しく、8~9世紀頃に整備されたと考えられています。

祠堂を守るように配置されたライオン像。とげとげで螺旋状のたてがみ、アンコールワットのライオン像とは形状が違います。

こちら2024年の工事中に木の根元から発見された発見された像。少し間抜けで愛嬌のある顔つき。
カンボジアにはライオンが生息していないので、想像で形作ったのでしょうか?
グループS「プラサット・イェイ・アポン」
グループSは、「プラサット・イェイ・アポン」を中心とする遺跡群。
こちらも7世紀前半にイーシャーナヴァルマン1世によって建てられ、約20以上の祠堂が二重の城壁内に配置されています。シヴァ神を祀る宗教施設として整備されました。

中央から割れている塔門。
発見当時は屋根を突き破る形で木が生えていましたが、倒壊を防ぐために伐採されました。


中央祠堂は四角形で、見上げると結構な高さがあるのが分かります。

中にある台座には、かつてシヴァ神の象徴であるリンガ像が安置されていました。リンガは消失してしまっていますが、台座に施された彫刻は綺麗に残されています。

グループSで珍しいものといえば、他とは大きく異なるつくりをしたこの祠。
装飾が施された柱の上に天蓋がかけられていますが、これはインドのグプタ様式の影響を受けていると推測されます。

天蓋にはクメール人とは顔つきの異なる彫刻も掘られ、カンボジアには古くからインドと西方、多くの文化が持ち込まれていたことが伺えます。
インドより持ち込まれた宗教建築様式から、カンボジア独自の様式が生まれる過渡期に作られたので、このようになっているのかもしれませんね。

ナーガの描かれた彫刻。
後のアンコールワット時代になると、ナーガの彫刻が大流行し大量に作られることとなりますが、まだこの時期は一般的なレリーフに納まっています。


周壁の西側には、メダル状の浮き彫りが刻まれています。
それぞれの直径は110センチメートルで、西暦7世紀に制作されました。
これらはこの遺跡にのみ見られる独特の彫刻様式であり、未完成のものや彫刻が施されていないものがある一方で、ヒンドゥー教の神話に基づくものや、図様が不明なものも確認されています。
遺跡の端の方にあるので忘れずに見に行きましょう。
おわり
ここには、インドから伝わった文化がクメール独自の様式へと変化し、やがてアンコール・ワットの壮大な建築へとつながっていく始まりが残されています。
アンコール遺跡群を見て感動した方なら、その原点ともいえるこの場所を訪れることで、カンボジアの歴史はさらに面白く感じられるはずでしょう。
アクセスは決して良いとは言えませんが、そのひと手間をかける価値は十分にあります。歴史好きの方はもちろん、アンコール・ワットをもっと深く知りたい方にも、ぜひ足を運んでいただきたい遺跡です。










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