キリマンジャロの麓の街「モシ」。タンザニアグルメとか豆知識紹介

こんにちわ、わらびです。

まずはアフリカ最高峰の麓にある街「モシ」にやって来ました。ここはキリマンジャロ登山の出発点となる街。

だけど、山に登る訳ではありません。

じゃあ何しに来たのって話ですが?

一体何をしに来たのでしょう?

分かりません。

とりあえず、モシのホテル情報とタンザニアグルメでも軽く紹介しておきます。

それとキリマンジャロに関する豆知識も書いているので、おうちの人に自慢してみてね

キリマンジャロの麓の街「モシ」

キリマンジャロの麓の町「モシ」。

キリマンジャロ山は、アフリカ最高峰だけど登山の難易度は低く、5日6日くらいの行程の登山ツアーが人気なんだそう。

普通の人間で5日かかるのであれば、自分なら2日くらいで登れそうなもの。

モシからはキリマンジャロが間近に見えるそう。しかし、滞在した4日の間は山頂に雲がかかり続けその姿を見せることはありませんでした。

そもそもスペイン巡礼ではエベレスト登頂よりも凄いであろうことをしているので、今さら大陸最高峰とか言われたところで興味ないのである。

登山以外にもモシ郊外に綺麗な泉があるそうで、行きたいのはやまやまでしたが、そこに至るまでの途中でバーに立ち寄り、ついつい酒を飲んでしまい面倒になって帰るという毎日。

ハロワに行こうとしたけど、結局色々言い訳して行けなかった人みたいな感じです。

これに関しては自分ではなく、昼から開いているバーが絶対的に悪く、こちらには一切の非がありません。

毎日、軽く出歩いて酒を飲んでは帰ってくるというのを繰り返し。

ルワンダでもそうでしたが、ここでも観光らしいことは何もしていません。

ホテル情報

モシで宿泊したのは人気のバックパッカー宿「Climbers Home」。

バスターミナルから500mほどと立地も良い。お向かいにはザンジバルピザを格安で売っている優良店あり。

蚊帳付きのワイルドなベッドが置いてあるドミトリーは一泊18,000TZS=1,080円。

値段は知りませんけど個室もあります。

確か600USDほどで5泊6日のキリマンジャロ登頂ツアーを申し込めます。

屋上にはバーがあるので、毎晩向かいの店で買った串焼きやザンジバルピザをつまみに飲んでいました。

タンザニアグルメ情報

①ザンジバルピザ

ザンジバル島発祥のストリートフード「ザンジバルピザ」。

割と有名な料理だが、探してみても意外と見かけることは少なく、食べる機会はなかなかありませんでした。見かけたら必ず食べておきたいところ。

モシではクリンバーズホームの向かいにある「Taj Mahal」というレストランで昼あたりから焼かれています。

作り方は様々。モシで出会ったザンジバルピザは、挽肉と野菜を生地で四角く包み込み、中央にできた隙間には卵を乗せる。

非常に面白い見た目で味も普通に美味しい。

そして一個で60円とかなり安い。

倍くらいのサイズのザンジバルピザも焼かれていることもありこれ一枚で一食分になりえる量。

②串焼き

タンザニアといえば屋台の串焼き料理も有名。夜になると通りのあちこちで白い煙を立てて串焼きが焼かれています。

バッファローの肉の間にニンジンを挟んだものが一般的で、これにペリペリというピリ辛ソースをたっぷり付けて食べるのが最高に美味。

タンザニア料理の中ではこの串焼き肉が一番のお気に入り。

野性味残る歯ごたえのあるバッファロー肉。そしてカリっと程よい食感のニンジン、たっぷりつけた濃い目のペリペリソース。これらをビールで流し込む。

1本30円ほどとかなり安いので、毎夜10本以上購入し一人で串焼きパーティー開催していました。

③キャッサバ

アフリカではよく食べられている「キャッサバ」。何年か前に大流行したタピオカの原料です。

屋台ではフライが一般的。上に乗っているのは、トマトとタマネギを酢やライムで付けた「カチュンバリ」というタンザニアのサラダ。

少し硬めの食感で繊維質。ほのかな甘みがあるけどサツマイモほどではありません。

タピオカすら食べら事が無くどんな味か分からないというのに、まさかその原料の方を先に食べることになろうとは。

④タンザニアピラフ

中東発祥の炊き込みご飯「ピラフ」。タンザニアでもよく食べられています。

イスラム教の商人が伝えたのか、それともインドから伝えられたのか。中東ともインドのビリヤニとも違った味わい。

キリマンジャロの豆知識

モシに来たというのに山にも登らず何もしない。

あまり書くことが無いのでキリマンジャロに関する豆知識でも書いておきます。

コーヒーだけにね。

標高5,895m、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ。

コーヒーの産地としても名高いこの山は、かつてケニア領だったのを御存じでしょうか?

19世紀後期、ヨーロッパの列強によるアフリカの分割支配が進んでいく中、地図上で書いた直線が国境として確定していきました。

かつては、ケニアとタンザニアの国境もっ真っすぐに引かれ、キリマンジャロがあったのはケニア側、イギリスの植民地。隣のタンザニアはドイツ植民地。

国境確定後、キリマンジャロがアフリカ最高峰と知ったドイツ皇帝ヴィルヘルム1世は、この山がどうしても欲しくなった。

ということで、1885年のベルリン会議ではイギリスに対してキリマンジャロが欲しいと交渉。

その結果、ヴィルヘルム1世の誕生日プレゼントとして、国境線が書き換えられキリマンジャロはタンザニアに編入されることになりました。

その後、キリマンジャロには1889年、ドイツ人によって初登頂が成し遂げられています。

直線的な国境が多いアフリカにおいてキリマンジャロ周辺の国境線は不自然に折曲がっていることが分かります。これはかつてキリマンジャロがケニア側に位置していた名残なんです。

みんな、おうちのひとやおともだちにおしえてあげようね。

おわり

モシでは4日間何もせずゆっくりダラダラ。

アフリカでは登山やサファリツアーなど自然を満喫するみたいなアクティビティが多くあります。

しかし、自分にはお酒飲んでゆっくりとしている方が性に合っているんだなと思います。

なんだか休日のおとうさんみたいな過ごし方。

だけどお父さんは家族を養うために一生懸命働いているので僕とは大違い。

お酒ばかり飲んでいる無職と一緒にはしてはいけないのである。

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