アンコール・ワット観光ガイド|日本人の足跡・レリーフ・デバターから読み解く見どころ紹介

こんばんわ。わらびです。

カンボジアを代表する世界遺産「アンコール・ワット遺跡群」。

国旗にも書かれているし、その名を知らない人は少ないと思いますが、実際に訪れてみると、そのスケールの大きさや精巧な彫刻に圧倒されること間違いありません。

一方で、あまりにも見どころが多すぎるが故に、何も知らずに歩くだけでは見過ごしてしまう箇所もたくさんあることでしょう。

という訳で今回は、実際にアンコール・ワットを観光した様子とともに、ぜひ注目してほしい見どころをご紹介します。

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アンコール・ワットとは?

アンコール・ワット」は、12世紀前半にクメール王朝の王・スーリヤヴァルマン2世によって建立された巨大寺院です。

「アンコール」はサンスクリット語で「都」、「ワット」はクメール語で「寺院」を意味し、その名の通り「都の寺院」という意味を持っています。

もともとはヒンドゥー教のヴィシュヌ神を祀る寺院として建設されましたが、16世紀の再発見後は仏教寺院へと姿を変え、現在も多くの参拝者が訪れる信仰の場となっています。

クメール王朝では王位が必ずしも世襲で継承されるわけではなく、有力者が王位を争うことも珍しくありませんでした。

そのため、新たに王となった人物は、自らが王としてふさわしい存在であることを示し神格化する必要がありました。

その象徴こそが巨大寺院の建立です。王は壮大な寺院や新たな都を築くことで、自らを神と結び付け、王権の正当性を国内外へ示していたのです。

寺院全体には、当時の宗教観や宇宙観が巧みに表現されており、一つひとつの回廊や塔にも意味が込められています。そうした背景を知ってから見学すると、ただ景色を眺めるだけでは気付けない発見がたくさんあるはずです。

世界遺産「アンコール遺跡群」の構成資産

観光の基本情報

所要時間

アンコール・ワットは、アンコール遺跡群の中でも最も人気が高く、多くの旅行者が最初に訪れる遺跡です。

そのため、見学時間の目安はここ一か所だけでも約2時間。

中央祠堂まで見学し、レリーフをじっくり鑑賞するのであれば3時間ほど確保しておくと安心です。

ちなみに、自分の場合は5時間かかりました。

開場時間

アンコール・ワットの開場時間は5:00〜17:30です。

朝日鑑賞の名所として知られているため、アンコール遺跡群の中でも特別に朝5時から敷地内へ入場できます。

ただし、5時から立ち入れるのは境内エリアまでで、寺院内部の見学は6時からとなります。

朝日鑑賞のシーズン

アンコール・ワットでは一年を通して朝日鑑賞を楽しめますが、最もおすすめなのは空気が澄み、晴天の日が多い乾季(11〜2月頃)です。

この時期は雲が少なく、美しい朝焼けとアンコール・ワットのシルエットを一緒に眺められる可能性が高くなります。

曇りの日の朝日の様子

一方、雨季(5〜10月頃)は地平線付近に雲がかかる日が多く、空がオレンジ色に染まっても、朝日が昇る瞬間までは見られないことが少なくありません。

そのため、雨季に訪れる場合は朝日鑑賞にこだわりすぎず、寺院内部への入場が始まる6時に合わせて見学をスタートするのがおすすめです。

この時間帯はまだ外で朝日鑑賞をしている観光客も多いため、静かな雰囲気の中でアンコール・ワットをゆっくり見学できます。

見どころ紹介

西参道と十字テラス

西参道を進むと、まず目に飛び込んでくるのがアンコール・ワットの全景です。

この眺めは、誰しも一度は見たことのある光景ではないでしょうか?

幅約190mにも及ぶ環濠の向こうにそびえる五つの塔は、写真で何度も見てきたはずなのに、実際に目の前へ立つとその大きさに思わず足を止めてしまいます。

ヒンドゥー教では、世界の中心には神々が住む「須弥山(しゅみせん)」があり、その周囲を大海が囲んでいるという宇宙観が信じられていました。

アンコール・ワット全体は、この宇宙そのものを石で表現した巨大な模型ともいえる存在。

中央にそびえる五つの塔は須弥山の五峰を、周囲の環濠は世界を取り囲む海を表現しています。

つまりアンコール・ワットは、神々が住む宇宙の中心を地上に再現した寺院。そして、その中心には神と一体化した王が祀られ、王権の正当性を示す象徴として築かれました。

都が放棄された後、約500年かけて堆積した土砂の高さは、この十字テラスと同じくらいの高さまでありました。

高さは2mくらいでしょうか。

現在見えている壮麗なアンコール・ワットも、かつてはこの高さまで土砂に埋もれていたということになります。

数百年かけて積み重なった土砂の厚みを想像しながら写真を撮ると、密林に埋もれた遺跡というイメージが少し現実味を帯びてくるかもしれません。

第一回廊・レリーフ群

寺院内部へ入ると、最初に待っているのが第一回廊です。

ここには全長800mを超える巨大なレリーフが刻まれており、アンコール・ワット最大の見どころともいわれ、あまりにも壮大過ぎるので、全部見ようとするとここだけで2時間ほどかかってしまいます。

西塔門をくぐり、右へ向かうとそこから反時計回りに

  • マハーバーダラ
  • スーリヤヴァルマン2世の進軍
  • 天国と地獄
  • 乳海攪拌
  • ヴィシュヌ神と阿修羅の戦い
  • クシュリナと阿修羅の戦い
  • アムリタを巡る神々と阿修羅の戦い
  • ラーマーヤナ

の順になっています。

乳海攪拌

アンコール・ワットの壁画で特に有名なのが東面・南側の「乳海攪拌」です。

乳海攪拌は、神々と悪神の阿修羅が不老不死の霊薬「アムリタ」を手に入れるため、マンダラ山を軸に、大蛇ナーガを綱のように引っ張って大海をかき混ぜるというヒンドゥー教の神話。

中央には采配を振るうヴィシュヌ神、その両側には神々と阿修羅が整然と並び、神話の壮大な世界が石の上に表現されています。

左側に描かれ、ナーガの頭を引っ張っているのが阿修羅の軍勢。

右側で尾の方を引いているのが神々の軍勢。

中央、マンダラ山に巻きつけられたナーガとその上に乗り指揮を執るヴィシュヌ神。

霊薬アムリタは、一度は阿修羅の軍勢に手に渡りましたが、さすがにこれは不味いと判断したヴィシュヌ神により神々の軍勢へと渡されました。

壁一面に物語が彫られているため、何となく歩いてしまう人も少なくありませんが、乳海攪拌は寺院を代表するレリーフなのでぜひ見逃さないようにしましょう。

スーリヤヴァルマン2世の行軍

スーリヤヴァルマン2世

南面・西側には、「寺院を建立したスーリヤヴァルマン2世の行軍」を描いたレリーフもあります。

他のレリーフがヒンドゥー教神話を描いているのに対して、ここは王が軍隊や家臣を率いて進む姿が彫られており、実際の服装や武器、当時の社会の様子まで読み取れる貴重な史料となっています。

戦いに赴くスーリヤヴァルマン2世

クメール王朝では、日傘の数が多くなるほど地位が高くなるとされています。

約900年前の出来事とは思えないほど保存状態が良く、また、石とは思えない繊細な彫刻技術には驚かされます。

きちんと整列して行軍するクメール軍の兵士。

シャム(タイ人)の傭兵も描かれていますが、クメール人とは顔つきが異なっています。それ以外にも装備の違い、歩調も乱れ笑っている者も。

ここら辺の些細な違いにも注目してみると面白いですよ。

十字回廊・森本右近太夫一房の墨書

西塔門をくぐった先の十字回廊。

人の手に触れられる機会のなかった高い部分には、まだ赤い彩色が残されています。今から数百年前、回廊内は鮮やかな色彩にあふれていたのでしょう。

この回廊には、日本人であれば見ておきたい見どころが一つ。それが、「森本右近太夫一房」という江戸時代の武士が残した墨書。

高さ2mほどの場所に「自らの仏道修行、父母の菩提供養のため仏像4体の奉納した」という内容の墨書が書かれています。

クメール王朝時代の記録は、貝葉(ヤシの葉を加工した書写材)や石碑に残されていました。

しかし、その多くは虫食いや戦火、内乱によって失われてしまっています。そのため、記録が限られるアンコール遺跡において、数百年前にこの地を訪れた人々が残した足跡は、当時を知るうえで非常に貴重な史料となっています。

第2回廊・デバター

第一回廊を抜けて第2回廊へ進むと、壁や柱の至るところに女性像が彫られていることに気づきます。これらは「デバター」と呼ばれる女神像。

一見すると同じような彫刻に見えますが、よく観察すると髪型、冠、耳飾り、胸飾り、腰布の模様、さらには表情まで微妙に異なっています。

アンコール・ワットには無数のデバターが存在するとされ、「同じデバターは一体として存在しない」とも言われています。

デバターが何体も並んで彫られている場所も。実際に見比べてみると、穏やかに微笑む像もあれば、凛とした表情をした像もあり、まるで一人ひとりに個性が与えられているかのようです。

下書きのデバター
横を向くデバター

デバターは単なる装飾ではなく、寺院を守護する神聖な存在として配置されました。当時のクメール王朝の人々にとって、寺院は神が宿る場所、その空間を清浄に保つ役割を担っていたと考えられています。

また、これらのデバターの装飾は、当時の宮廷女性のファッションを反映しているともされています。約900年前のクメール王朝における髪型や装身具の流行を知る手がかりにもなっているのです。

第2回廊ではぜひ足を止めて自分だけのお気に入り、推しデバターを探してみてください。

第3回廊・中央祠堂

第2回廊を抜けると、いよいよアンコール・ワットの中心部「第3回廊・中央祠堂」へ向かいます。

ここは遺跡の中でも最も神聖な空間とされ、かつては王と一部の高僧しか立ち入ることができませんでした。

まず驚かされるのが、中央祠堂へ続く急階段です。今では手摺のある階段がかけられていますが当時は当然ありませんでした。

もはや梯子ですがこれは単なる設計ミスではありません。

ヒンドゥー教では、神々の住む須弥山は人間が容易に到達できない聖なる場所と考えられていました。そのため、頂上へ近づくほど階段を急にすることで、「神の世界へ至ることの困難さ」を建築そのもので表現しているのです。

階段を登り切ると、そこにはアンコール・ワットの中心「中央祠堂」が姿を現します。

中央の塔は高さ約65m。地上から見上げるだけでも十分迫力がありますが、実際に第3回廊へ立つと、自分が寺院の頂上に到達したことを実感できます。

現在は仏教寺院となっているため、第3回廊には仏像が安置されています。しかし本来ここには、王権を象徴するリンガが祀られていました。

私も一応仏教徒らしいので、宗派はよく分かりませんが、とりあえず南無南無と手を合わせておきました。

そして、ここから見下ろす景色も見逃せません。

回廊、環濠、参道アンコール・ワットが緻密な計算のもとに設計された巨大建築であることがよく分かります。

また、中央祠堂は単なる展望スポットではなく、寺院全体の宇宙観の中心に位置する場所です。

先ほど触れたように、アンコール・ワットは須弥山を地上に再現した寺院でした。つまり、この中央祠堂こそが須弥山の頂上、すなわち神々が住む宇宙の中心を象徴しているのです。

ここに祀られていたのが、ヴィシュヌと一体化した王。

王は巨大寺院を築くことで自らの権威を示し、死後は神と結び付けられることで永遠の支配者として記憶されようとしました。

急階段を登って中央祠堂へ至る体験そのものが、「人間界から神々の世界へ近づいていく」というアンコール・ワットの思想を追体験する行為なのかもしれません。

ちなみに現在は安全対策として木製階段が設置されているため、昔ほど危険ではありませんが、かつて転落事故が多発した場所。下りは想像以上に足がすくむので、注意してゆっくり移動してください。

神々の世界へと旅立ってしまうかもしれませんよ。

おわり

アンコール・ワットは、ただ壮大な遺跡を眺めるだけでも十分感動できます。しかし実際に歩いてみると、そこにはヒンドゥー教の宇宙観、王権を示すための思想、そして日本人巡礼者の足跡まで刻まれていました。

これから訪れる方は、ぜひ急いで回るのではなく、回廊やレリーフの意味にも少し目を向けながら歩いてみてください。きっと、写真だけでは伝わらないアンコール・ワットの奥深さに気付けるはずです。

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